LOGIN『ミオさん。私は、人を殺したかもしれません。』その一文を読んだあと、ミオはすぐに続きを読むことができなかった。部屋の中にはザラとカエルもいる。窓の外では夜風が木々を揺らし、王城の廊下からは遠くを歩く衛兵の足音がかすかに聞こえていたが、手紙を持つミオの指先だけが妙に冷たく感じられた。人を殺したかもしれない。ただし、リリアはこれまで何度も戦闘に参加している。魔物を討伐したという報告も少なくないはずだ。それなら、彼女自身も「命を奪った可能性」について何も考えてこなかったわけではないだろう。それでも今回、あえて「人を殺した」と書いた。その言葉に込められた意味は、軽くない。カエルが隣から静かに聞いた。「続き、読める?」ミオは一度息を整えてから頷いた。「はい。読みます」便箋へ視線を戻す。『正確には、今まで私は「魔物を討伐した」と思っていました。でも記録を調べて、その
「人間の戦闘聖女をこの国へ入れるって噂は、本当か?」開店して間もない『ミオの食卓』で、ガランはいつもの席へ座るより先に、そう尋ねた。その声は大きくなかったが、店の入口近くにいた客たちには十分聞こえたらしく、何人かが同時にこちらへ顔を向ける。昨日から市場で広まり始めていた噂を、気にしているのはガランだけではないらしい。ミオは手にしていた水差しをエナへ預け、ガランの前へ向かった。「先に結論から言うと、リリアさんがヴァルディアへ来ると決まった事実はありません」「リリアってのが、その戦闘聖女か」「はい。人間王国で今、聖女として扱われている人です」「お前を追い出したあとに、王太子の横へ収まった女だろう」言い方は刺々しい。しかし、ガランがわざとミオを傷つけようとしているわけではないことも分かっていた。彼は人間に対して強い不信を抱いている。過去の戦争で身内を失い、片目と片耳にも傷を残している。最近はミオ個人を少しずつ受け入れてくれているが、それで人間全体に対する怒りまで消えたわけではない。
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『ミオの食卓』の仮営業最終日、その朝だけは、開店前から店の前がいつもと違っていた。普段なら開店三十分前に数人が並び始め、そのあと少しずつ列が伸びる程度だったのに、今日はミオが市場へ着いた時点ですでに十人を超える客が待っていた。しかも、その後ろからさらに人が増えている。「……何かの催しでもあります?」思わずそんなことを言うと、入口の札を出していたリュナが、少し困ったように笑った。「ある意味では、そうかもしれません。今日で仮営業が終わるって、昨日の午後くらいから市場中に広まったみたいです」「どうしてそんなに広まるんですか」「この店、もう普通に噂になってますから。陛下が相席したとか、陛下が皿洗いしたとか、王族が二人並んで働いてたとか、ガランさんが三回来たとか、そういうのが全部混ざってます」「最後のは普通でしょう」「人間嫌いで有名なガランさんが、人間のミオ様の店へ何度も来てるのは、市場の人には結構大きいらしいですよ」「なるほど……」嬉しいような、怖いような気持ちになる。
翌朝、ミオが封鎖書庫へ向かうと、昨夜ザラが話していた神官日誌の写本は、すでに机の中央へ置かれていた。古びた革表紙の冊子そのものは人間王国から持ち出された原本ではなく、およそ百二十年前にヴァルディアの研究者が交易都市で入手し、内容を書き写したものだという。つまり、それだけでも一段階以上の不確かさがあるうえ、元になった日誌が本当に人間神殿の神官によって書かれたものなのかという問題まで残っている。それでも、三年前のミオ召喚日に当たる記述が存在する以上、無視するわけにはいかなかった。「最初に言っておくけど、題名みたいに『初代聖女が目を開けた』と決めつけるのは禁止だからね」ミオが椅子へ座るより先に、ザラが釘を刺した。「私、まだ何も言ってませんよ」「顔に書いてあるのよ。昨日からずっと『もしかして棺の中でアリサが目を覚ましたのでは』って考えてるでしょう」「……少しくらいは考えますよ。『白き眠り、三息のみ開眼』なんて書いてあったら、普通そう思うじゃないですか」「普通にそう思うからこそ危ないの。古い宗教文書では、祭具が起動したことを『目覚める』と呼んだり、封印の監視術式が反応したことを『目を開く』と表現したりする。ましてこれは原本ではなく写本よ」向かい側に座っていたカエルも、珍しくザラに同意するように頷いた。「私も、今日は先に断定しないと決めている」ミオは少し驚いて彼を見る。「カエルまでそんなことを言うようになったんですね」「最近、私が何か言うたびにザラから『証拠は?』と聞かれる」「学習したのね」「うるさい」ザラは平然と返し、日誌の写本を開いた。書庫にはほかにアルクとセバンがいる。全員が揃っているのは、この一冊に何か決定的な真実が書かれていると期待しているからではなく、逆に、一つの曖昧な文章を誰か一人の解釈で決めないためだった。「この日誌を書いたとされるのは、当時の中央神殿で祭具管理を担当していた下級神官。名前はエドラス・セルン。ただし、この人物が本当に存在したかについては、人間王国側の名簿を確認できていない」「日記には、私の召喚について書かれているんですか?」「直接『相沢美緒』とは書いてないわ。そこも大事」ザラは該当箇所へ指を置いた。「日付は、王宮側の記録であなたが召喚された日と一致する。そして本文は、こう始まってる」ザラがゆっくり読